2017年2月18日

嬉しい話(I工業奮戦す)

久しぶりに広島のI工業の社長が訪ねてきた。開口一番「見浦さん、経営が安定した」と嬉しそうに報告されたのです。
彼は60代、家族経営の小さな精密研磨の町工場の社長が、田舎の小さな牧場の爺様に会社の現状を報告する、何か変だと思いませんか。今日はその話です。

もう、何年になりますか、ひょんなことから、彼との付き合いが始まりました。
小板に別荘が増え始めて20年余り、小さな集落の小板に、もう40数軒にもなりますか。彼は遅れてやってきた別荘人、小板橋の近くにヒューズ社のキャンピングカーを据え付けて別荘人になった。
当時、私はその近くの今田さんの畑を借りて牧草を作っていました。この話は、その草刈の作業の休憩時に交わした世間話から始まったのです。

彼が別荘を持とうと思い付いたのは、仕事がようやく安定して利益が出始め、長い苦労のご褒美にささやかな贅沢をと思い立ったからだといいます。
そこで、かねてから付き合いのあった大野モータースの社長に相談したのが事の始まりで、彼の勧めで小板に別荘を持つことになり、キャンピングカーを据えて、小さな贅沢を楽しもうと思ったのが間違いの元だったと話し始めたのです。

長い間辛酸をなめて、ようやく摑んだ幸せにほっとしたのは7ヶ月間だけだったと、突如始まった赤字経営で、金策に四苦八苦するようになって、別荘なんて買わなきゃ良かったと後悔してるんだ、こんな話でしたね。

そんな時に、親しくもない私に内輪話を聞かせる、これは月並みな返事はできないなと思ったのですよ。そこで、腰を入れて聞き始めたのです。

彼の親会社は自動車部品のギヤを作るメーカー、そのギヤの最終研磨をするのが彼の工場、但し技術は最高で3/1000の精度があるんだと自慢していましたっけ。
ワーゲンの部品の加工依頼も来る、世界的にも認められているんだとね。
ところが時代は何が何でもコストの低減、人件費の安い中国に工場も仕事も移転する流れが起きたんだと、そ
して俺のような孫受け工場にも加工賃の切り下げ要請が続いたんだ、その挙句、仕事まで中国に持ってゆかれてな、偉いことになってしまった、こんな話でしたね。

ところが聞いている内に何か違うなと思ったのですよ。私の牧場は和牛肉の生産をしています。ところが仲間の農家は如何に高く売れるかと、そのことだけに血道をあげています。
その為には、ありとあらゆる手段をとるのです。現在の和牛肉の評価は肉の中に如何に多くの脂肪が入るか、その脂肪がいかに小さく均質に入るかで決まるのです。味でなく見た目の美しさでね。それがサシと呼ばれる評価法です。和牛の場合、A1からA5 の5段階評価、A5になるとA1の3倍以上の値段がするのですから、気持ちは判りますが、その為に牛の健康をぎりぎりまで追い込んで目的を果たす。

例えばビタミンAは脂肪の分解ホルモンの役割をします。サシは脂肪を筋肉の中に小さく均質に霜が降りたようにいれる、これが霜降り肉の語源です。ビタミンAはその小さな霜降りの脂肪を分解してしまう、だから人為的にビタミンAの欠乏症をおこさせるのです。和牛は肝臓の脂肪の中にビタミンAを蓄える力が大きいといいます。6ヶ月くらいは全くビタミンAを給与しなくても耐えるですが、それを越えると起立不能、視力低下、ひどい時は盲目になります。おまけに筋肉の細胞膜が弱くなり細胞液が流れやすくなります。その結果ドリップという肉汁が出やすい牛肉になります。それをいかに抑えて見事な霜降りA5肉を生産するか、それが腕の見せ所、それが高級肉だと評価され高値で売れてゆく、食品が味や食味に関係なく見た目だけで売れてゆく、それは間違いだと思うのです。

食べ物は安全で、美味しくて、リーズナブルな値段でなくてはいけない。恩師中島先生の教えを忠実に守ろうと努力してきたのですが、社会は見た目重視に変わった。でも諦めずに消費者の意識改革に微力を投じてゆく、これが見浦牧場の目標の一つなのです。

ところが社長の話を聞いていると消費者は全く登場しない。親会社の営業の仕入れ担当の事ばかり。少しばかり不自然でしたね。農業も工業も最終的には消費者が品質的に価格的に妥当と感じたら買ってくれる、そうやって経済が動いてゆく。仕入れ担当が動かしているのではないのに、仕入れ係が全て正しいと信じることが生き残ることに繋がるとは、私には理解できませんでした。
そこで聞いたのです。貴方の仕事が最終の製品の何処にどう繋がるのか、調べたことがありますかと。「そんなことは知らない」という返事を聞いて、こういったのです。

私達が作っている製品は最終的に消費者が評価する。いいものはいい、悪いものは悪いと、値段と品質とを吟味して購入してくれる。私達生産者はその消費者の意見をいかに汲み取るか、そして、いかに対応するかが事業の成否を決まると私は理解している。貴方とは仕事は違ってはいるが、長い目で見ると消費者の意見をいかに反映するかが基本ではないのか。中間の業者は生産者の代弁者に過ぎない。どうして貴方の仕事が最終の消費者のどの部分にどのように使われているかを知ろうとは思わないのか。たとえ下請けの孫受けであっても、その仕事は最終的に消費者が評価するのでは?、間接的だけどね、と。

それを黙って聞いていた彼は三ヵ月後に再び訪ねてきました。「どうしたい」と聞く私に「3ヶ月ほどセールスに各会社を歩いたよ」と答えました。消費者への対応は各会社の企業秘密の一つ、真正面から聞いても答えてくれるわけがない。それならどうするか、新規注文の開拓にと各会社をまわる分には警戒されないだろう。
一代で会社を興す奴は考えることも行動力も常人とは違う。「私のところは、こんな加工が出来ますがお宅の会社で仕事はないでしょうか」と、売込みをかけたそうな。本当の目的は他にあるのだから仕事がもらえれば棚ぼた、断られても話が聞ける、ヒントがもらえれば拾い物とセールスに歩いたんだと。

その最大の収穫は発注元の求めている精度は3/1000でなくて5/1000でも良かったということ。それなら合理化の余地はある、一括削磨でも対応はできそうと考えたんだという。「そこでな、システムを考え直してな、何個かを一度に研磨するようにしたんだ。システムは出来たがセッテイングが自動では精度が出ない。試行錯誤をしてね。ふと気がついたんだな、俺は熟練工の手を持ってるんだ、使わない手はないとね。熟練の腕と新しいシステムで加工したらうまくいってな。親会社の言い値でも利益が出てな。親会社からこの値でどうして利益が出るのか教えてくれときたんだ。どうしようか迷ったけれど、俺の腕は真似ができないはずと教えてやったんだ」と。

そこで質問をしてやった。「また調子に乗って1社だけの仕事をしてるんじゃないだろうな」と。「誰がそんなことをするかい。そしたら親会社が文句を言ったがな。他社の製品の間に仕切りを入れろといっただけ」と明るい顔でのたまった。

そんな親父さんを見て、サラリーマンの息子が、親父の技術がこのまま消えるのは勿体ない、元気なうちに自分の物にすると帰ってきた。そして俺の技術の上にコンピュータをのせてな、新しい加工法を開発していると、天国の顔をしていた。

明るくなった奥さんとの二人連れ「見浦さんは、まだようならんか」と自信を取り戻した顔のご夫婦を眺めていると他人の事ながら嬉しくなってね。私の小さなアドバイスでも少しは役に立ったかと。

しかし、見浦牧場は依然悪戦苦闘が続いている。昔の軍歌ではないが"何処まで続くぬかるみぞ”である、それでも私達は頑張るのだ。

2016.2.18 見浦哲弥

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