2010年4月10日

増原義剛さま

平成21年8月31日の総選挙が済みました。広島3区から選出されていた貴方が落選され、選挙前からの下馬評通り、民主党の橋本さんが当選されました。
時の流れとはいえ長年貴方に投票してきた1選挙民としては寂しい心境です。直接お話しする機会はありませんでしたが、農協や森林組合の会合で貴方の話しを聞く機会は何度もあって、問題点の解析と対応の話しはさすが高級官僚出身の方と感心していたのですが、残念ながら気持ちが伝わってこない。能力の高い人なのに残念だなと思っていたのです。

同業の河合克行さんも積極的に会合に出席されて、何度もお話を聞きました。比較するのではありませんが、一選挙民として先入観なしの感じからいえば、人間としての暖かさは彼のほうが勝っているのかなと感じたものです。

実は私は50年近く和牛の牧場を経営しています。山奥の不便なところですが、幸い後継ぎの息子の所に市内から動物好きの娘さんが嫁に来てくれて、孫3人を含めて7人家族として暮らしています。仕事に熱心な彼女が懸命に牛の世話をするのですが、牛たちが心を開かない、一方牛の群れの中で育った息子の指示には100パーセント従うのです。決してやさしくはないのに。
毎日の生活で違いを見せつけられて焦る彼女に私は話したのです。「牛は高等動物、相手が信頼できるかできないか、その判断ができるまで観察している。あせってはだめ、根気よく付き合いなさい。」
あれから10年あまり、牛群の中で牛をおいまわしている彼女は、さすが牧場の女主人と感心しています。それでも牛の中で育った息子には及ばない。信頼というものは長い時間が必要なのです。

ところが何頭かが信頼すると、残りの牛も安心して見習う。これが集団で暮らす動物の習性です。人間もまた同じ。
ですから政治の世界では、地域のボスの信頼を得ることが選挙に強いといわれるゆえんですが、ところが地域のボスは必ずしも集団の信頼を得ているとは限らない、有力者の奥様が地域のご婦人方の信任を得ていないかもしれない。かえって思いもかけない人が大きな影響力をもっている。そんな世界を見浦牧場の牛たちは見せているのです。

貴方は、もう次回の選挙のための活動を始められていると思います。これまでの運動のレールに沿った努力も大切だとおもいますが、新しい路線の開拓がより必要だと思うのです。

田中角栄さんのどぶ板選挙ではありませんが、一日に一度立ち話をしてみませんか。5分でもいい、お天気の話でもいい、聡明な貴方なら、5分の会話で明日に続く人なのか、その場限りの人なのかは判別がつくはずです。明日へと続くと感じたら、さらに5分話しを続ける、運が良ければその人や周りの人の問題点を知ることができるかもしれません。
毎日1人のノルマも4年間続ければ1500人と話すことができる。その積み上げの中で貴方の考える伝える新しい雰囲気が出てくれば、1500人は何倍かになるのです。
今日も息子の嫁さんが牛の世話をしている。100頭余りの群れにはいっていく。仲間が来たというように何の動揺もない牛たちの態度。ここまで来るために、彼女は10年あまりの時間をかけたのです。
「あせっては駄目、信頼をえるには変わらぬ態度で付き合う以外は方法がない。」私の言葉を信じて積み重ねた結果なのです。

これからの選挙も有力者や各種の団体、組織の支持は当選の大きな要素であることは変わらないとおもいます。ですが、それだけで選挙ができた時代は去りました。選挙民と政治家の間を結ぶ新しいラインの開発者が生き残る、そんな気がするのです。その1つの提案が1日1回の立ち話なのです。ただし、同じ人だけとの立ち話では輪が広がることはありませんが。

昨日、隣村での世話話で「民主党が勝ちましたね。自民党は駄目ですか」と聞くと「民主党が良くて投票したんではないのよ。自民党が堕落したけぇ、やいとう(お灸)をすえたのよ」との返事が返ってきました。酔っぱらって記者会見に挑んだ大臣を首にできない政党では選挙民が憤慨するのも無理はありません。
負けるべくして負けた今回の選挙、でも見捨てたわけではない、ここが大切なところです。懸命に毎日の生活を営んでいる選挙民の気持ちを理解するために、どうしたら生の彼らの気持ちをくみ上げられるか、是非考えていただきたいのです。

見浦牧場の和牛は高等動物です。彼らは考える力を持っています。経済動物ですから暖かい気持ちを持って接しないと成績が上がりません。まして選挙民は人間、政策も行動も暖かさと思いやりを感じさせるものでなくてはなりません。理論や政策が正しくても、それだけでは選挙民の心をつかむことはできません。まして利益誘導だけでは信頼を回復することはないのです。

敗戦で混乱していた昭和20年の冬、助けていただいたお爺さんに教えられました。雪国で生きていくためには相手を思いやることが大切なのよ。それが自分が生き残る手段になると。
経済発展はしたが、金、金、金、の殺伐した世相になりました。私どもの集落で起きたお葬式の同行事件を書いた”同行崩壊す”を同封します。お暇なときにお読みいただいて、ささやかですが助け合いの精神で再建した小さな集落の心を理解してください。

道端に貴方の顔写真のビラが並んでいます。昔なら名前を売り込むのに最良の手段だったかもしれませんが、時代が変わりました。
「今日増原さんに会って話をしたんよ。気さくな人だったよ」の一言が何倍かの票になって返ってくる、それを忘れてはいけません。

失礼を顧みず、いろいろを申し上げました。老人の繰言とお許しください。今回の敗戦を明日への跳躍台とされることをこころから願っています。

2009.9.26 見浦哲弥

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