2017年11月7日

青年と話す

2012.4.5 家畜薬会社のセールスマンが訪ねてきました。担当の亮子君が(息子のお嫁さん)留守で誰もいない、やむ得ず相手をすることになりました。
少しばかりの世間話でお茶を濁すつもりが、彼が本気になったので、つい長話になってしまいました。今日はその報告です。

見浦牧場の事務所には、目下病後の子牛や母牛不具合などで離乳して乳牛のミルクで飼養している子牛が4頭同居しています。
それを見ながら、最近の和牛の品種改良の話から始まったのです。ご存知のとおり現在の和牛の世界はサシの追求一点張り、近親交配は当たり前、おかげで血が濃くなって、様々な弊害が出始めているのです。私達はサシはA3程度で、体力のある飼い易い牛をと、血の分散を考慮して交配、淘汰を続けてきたのです。長い年月が経って少しはそれらしい牛が出来るようにはなったのですが、種雄牛を作って独自の和牛を作るのには頭数が少なすぎます(母牛が80頭前後では)。従って市場で供給されている精液を購入するしか方法がありません。

日本の和牛は近代育種が取り入れられるまでは、母牛選抜と言う方法で改良されてきました。いい母親が出ると、それに評判のいい雄牛を掛け合わせるという、母親中心の改良選抜で出来あがった系列を蔓牛(ツルウシ)と称して大切にしました。その大先輩が兵庫県、有名な但馬牛はそれなりの長い歴史があるのです。
浅学をかえりみずにお話すれば、兵庫県に2系統、岡山県、広島県に1系統ありました。その後、鳥取県、島根県に突然変異の優秀なオス牛が現れて和牛界の地図を書き換えましたが。

しかし、時代は変わりました。人工授精という技術が開発されて、優秀な種雄牛の精液が手に入るようになりました。私が子供の頃は、小板にも松原にも種牛という県有牛がいましたが、見浦牧場を始めた頃は耕運機の普及に伴って廃止され、種付には隣の八幡村まで10キロの道を牛を連れて行ったものです。
時はあたかも牛の人工授精が普及を始めた頃、私達も懸命に技術を習得しました。でも最初は凍結精液ではありませんでした。加計にあった家畜診療所の冷蔵庫に保管してあるストロー入りの生精液を発情の度に取りに行ったものです。
やがて精液の凍結技術が開発され普及して来ました。でもそのボンベが外国製で十数万円もする。まだ為替が360円前後の頃ですから、貧乏な私達には高価でね。でもなくては仕事にならない、飛び降りる気持ちで買いましたね。

そんな牧場を始めた頃の苦労話をしながら、何故ここまで生き残ったのだろうかと、私の思いを話したのです。

失敗続きの最初、授精に来られた神川獣医さんに聞かれました。「直腸に手を入れた事がありますか」「獣医ではないので入れたことはありません」と何気なく応えると神川さんが烈火のように怒ったのです。最初は何故叱られたのか判りませんでした。呆然としていると怒りを抑えた先生が話し始めました。
「貴方は和牛飼育を仕事にすると言った。それはプロになるということ。初めから出来ないと諦めるのではプロの資格はない。挑戦して少しでも目標に近づく努力をする、それがプロ。子宮の状態を知るのは直腸に手を入れて直接触れるのが最良なんだ。それを獣医師でないからと最初からあきらめる、それではプロになれない」、同じような仕事をしてもプロとアマチュアでは心がけが違うと教えられたのです。
そして「40日後に妊娠したかを診にくる、その時君の判断を聞く、それが君のプロテストだ」と言い残して帰られたのです。

久しぶりの心の底からの叱責は、まだ若かった私を懸命にさせました。牛には気の毒だがこれも勉強と毎日直腸に手を入れて子宮を触りました。そして微妙な変化を読み取ろうとしたのです。最初は何も伝えてこなかった指先が10日もすると何かを教え始めました。日常的な変化と違う微妙な何かを。
40日が経ちました。神川獣医さんが来場されました。例の牛を枠場に繋いで直腸検査が始まりました。先生の次に直腸に手を入れた私に聞かれました「どう判定するかね」、「左の子宮角が少し腫れてます。妊娠プラスです」。何にも言われずに私の顔を見つめられた先生は、それから態度を変えられました。農家と獣医さんの関係でなく、畜産の師と弟子の関係に。自分の持っている知識を、私に植え付けようとするように。何年かして定年で故郷の山口に帰られた先生は、「見浦はどうしているか」と、気にかけていただいたとか。

職業人であることは、アマチュアで満足することではない、常にプロの道を歩き続けること。生きることの厳しさと、仕事に対する執着心とが必須であることを教えていただいた。
人生いたるところ、先生あり、そんな生き方が出来た幸せをかみ締めていますと。

そんな話をしたのです。熱心に聞いてくれた彼、私の気持ちが何処まで伝わったかな。今日は生き方の受け渡しをした報告です。

2012.10.25 見浦哲弥

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