2002年4月21日

和牛一貫経営牧場 見浦牧場について

本日は、遠路はるばるのご来場、ご苦労さまです。

本場は私どもが、日頃100点評価の55点牧場と申し上げていますように、まだ合格点をいただいていない未完成の牧場です。
 見学のお話がありましたときは、何度もお断りしたのですが、たってのご依頼ということでお引き受けしました。したがって皆様のご参考になる点がどれほどあるかはわかりませんが、われわれを取り巻く環境も日に日に厳しくなる今日この頃、小さな事一つでも、心におとめ頂ければ幸いです。

さて、昭和40年から41年にかけて、京都大学上坂教室の上坂教授と広島県農政部の中島部長の間で、有名な和牛の一貫経営論争が行われ、本県油木種畜場で多頭化一貫経営試験が行われました。
いま振り返ってみても、その発想はすばらしく、自由化を目前とした我々に、25年も前に一つの答えを提案した広島県の技術陣に、心からの敬意を表しています。

あれから、長い年月が立ちました。いつのまにか、あのときの考えで経営を続けているのは当場だけとなりました。それが皆さんの関心を引くのでしょう。

最近、なぜこの牧場がここまで生き残ったのか、よく考えます。
もちろん、多くの方々のご指導、ご協力、御支援を得たことは大きな要因ですが、そのほかにあげるなら、次の7点ぐらいだとおもいます。

1.私どもは大変貧乏でして、いい牛が買えませんでしたので、やむを得ず、悪い牛に良い種雄を交配して、その子を次の基準で選抜し、また良い種雄を交配するということを激しく行いました。
連産性が高いこと
保育能力が高いこと
管理しやすいこと
この牧場で生育がよいこと
増体能力が高いこと
肉質がよいこと


2.先進地や試験場を家族で訪問して、複数の目で先進技術の修得に勤めました。そして、その技術を視点を変え、考え直して、利用できるものは積極的に取り入れました。

 しかし、既存の技術にも盲点があります。たとえば、骨味のよい牛(管囲の大きなものは登録検査で減点されました。)を、との指導で、一時それを選抜の基準にしたことがありました。数年後、牛が小さくなったと指摘されました。なぜ小さくなったのか、私達は原因を懸命に追いました。そして、ようやくたどり着いた結論は、骨味のよい牛とは舎飼用の牛で、運動量の多い当場のような牧場には向かないということでした。そこで、当場では、前述のような優先順位で独自の選抜をしているのです。皆さんがごらんになると、良い牛にはみえなくても、やっとこの場に適した牛になり始めているのです。

3.農業には長い歴史があります。私達はとかく、もう技術的にもすべて出来あがっていると錯覚しがちです。しかし、その農家農家はそれぞれ土地が違い、気候が違い、人間が違っているように、箇々の農業も小さくても、独自の経営、農業技術を持たないと、生き残れないのです。それを私のところでは、スキマ技術と呼んでいます。どんな立派な入れ物でも、スキマがあっては、水はたまりません。そのスキマを埋めるスキマ技術の開発こそ、私達農民の「チエ」の見せ所だと思っています。

4.与えられた条件の中で最善を尽くす、これが私達のモットーの一つです。
 古い機械は安く手に入れて修理しながら使う、これも限られた資本を有効に使う手段です。
 機械の知識がないので、真似が出来ないという人もいますが、「テレビを見る暇はあっても、勉強の時間はない」では、生き残り競争に勝てないと思うのは私だけでしょうか。

5.手順を変えたら、もっと効率良く多くの仕事ができないか、良く観察して、手を抜いても結果が変わらぬようにできないか。
たとえば、最初牧柵を作るときは全体を同じように作りました。しかし、牛は隙を見ては脱走します。でも、良く観察すると、破られるところと、破られないところは、一つの傾向を持っています。そこで、脱柵しやすいところは厳重に、牛が嫌うところは手を抜いて牧柵をつくることにしたら、所要労力は1/2になりました。このような工夫の積み上げがこの場の持ち味なのです。

6.私達は普通の人間です。ですから、失敗は当然だと思います。しかし、一度きりの人生ですから、失敗も無駄には出来ません。なぜそうなるのか、3人それぞれの立場で議論するのです。
 原因が不明で牛が事故死や病死したときは、必ず解剖してもらいます。所見が納得が行かなければ、自分たちでやることもあります。それを3人で確認するのです。失敗の中からも何かを得ようとする努力、長い時間にはそれも力になるのかもしれません。

7.柔軟な考え方を大切にしています。家内はよく「わたしゃぁ、かんがえたんじゃがのぅ」と言います。突拍子もない発想の様でも、それにキラメキを感じたときは、どうしたら実現できるかと3人で案を出し合うのです。3度に1度ぐらいの割合で成功しています。
 最近は3人がそれぞれの立場で、いろいろな考えを話し合うことが多く、それが、この牧場のエネルギーになっています。

 福山の中山畜産の社長は、榎野俊文先生門下の私の兄弟子で、大成功されたことは皆さんも良くご承知ですが、その発想の独自性はつとに尊敬している所です。しかし、その技術を学ぼうとする人は多くても、なぜそう考えるのかと、中山さんの考え方に思いを至らせる農家にお会いしたことがありません。

  これからは世界が相手です。そのためには、それぞれの条件を最大に利用する独自性の強い農業を作りあげることが大切です。
 二十数年前、千屋の試験場を訪問して、いろいろとご指導を受けました。その折、あの有名な「牛を囲わずに人家や畑に柵をする」千屋方式の面影を見て、その独創的な発想にその将来をみたのです。
 現在は、その気になれば、さまざまな情報が容易に入手できるすばらしい時代です。しかし、どの情報を採用し、そのデータから何を読み取るか、それを考える力が非常に重要になってきました。技術も大切ですが、考え方がより大切だとご理解ください。

 最近、叶芳和先生の「農業 先進国型産業論」(日本経済新聞社)を読みました。大変立派な論説で感心しました。私達の考え方に、非常に近いこの本を是非お読み頂いて、この文章の行間もお読み頂くようにお願いします。

最後に見浦牧場からのメッセージです。
これまで、農民は教えられることになれて、みずから考えて行動することは忘れがちでした。
 当主の義弟にドイツ系のカナダ人がいますが、彼の幾つになっても道を切り開き、前進し、歩きつづける姿は頭が下がるものが有ります。自由化とはかれらと競争することなのです。

この牧場が生き残るかどうかは、まだわかりません。しかし「進歩のない毎日は人生ではない」に言葉のように、私達はこれからも挑戦しつづけるつもりです。

 当場のテーマ「自然は教師、動物は友、私達は考え学ぶことで人間である」を皆様に送ります。 ご健闘をお祈り致します。

平成元年11月13日
   見浦牧場 見浦哲弥・晴江・和弥

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