2007年6月11日

座右の銘

 見浦牧場の事務所を覗いてください。
乱雑に取り乱した室内の壁に色あせた標語が貼ってあるのが見えるでしょう? この標語が私達の生き方、この牧場の考え方の基本なのです。今日はその話をしましょう。

 その中で1番大切にしているのは“自然は教師、動物は友、私は考え学ぶことで人間である”です。
 もう随分昔になりますが、可部の中学校の先生が立ち寄られました。壁のこの言葉を見て共感する所があったのか、誰の言葉かと尋ねられました。私が考えた座右の銘ですとお答えしたら、たいへん感心されました。

 しかし、この言葉はいまから40年余り前、この牧場をはじめた頃、何も知らない私が思い悩んで思考錯誤し、様々な人達の意見を聞いて、色んな本を読んで、ようやく辿り着いて出来あがったものなのです。

 この世の中では、一つの事柄でも立場が変わると正反対の答えがでる、そんな事が多くあります。これでは新しい農業の道を探すのには役に立たない、とくに市場経済と呼ばれる競争社会の中で生き残る事は不可能だと思ったのです。没落した見浦家では資本の大きさで競争に打ち勝つ、という方法は取れませんでした。

 残された道は人の1歩先を歩く、それしかなかったのです。そのためには多種多様な意見や情報を取捨選択しなければならない。その基準になる物差しがあれば、私のような人間でも正確な判断が下せるのではないかと。

 その物差しは何にするべきか、悩みに悩みぬきました。わたしの経済の指針、マルクス、ケインズの天才をしても完璧な理論にはなり得なかった。人間は神ではないと歴史が証明しています。私のような無学な者でも理解が出来て、絶対に間違いのない基準、それは何か、何ヵ月も考えましたね。
 そしてある時、ふと思ったのです。私達は自然の中で生きている。自然を否定しては存在しない。ならば自然の法則が絶対の基準ではないのかと。

 たとえば、草花は、種をまき、芽が出て、双葉が開き、根を張り、茎が伸び、葉が茂り、花が咲く。そして実がつき、種を落として、枯れて土に帰る。その過程のなかでの開花なのです。ところが花屋の店先では何時でも美しく花盛り、お金を払えばどんな花でも手に入る。スーパーに行けば、お米も野菜も果物も様々な商品が何の前置きもなくすぐ買える。こんな便利な社会に住んでいると物事の本質が見えなくなる。仕事も生き方もね。

 私が牧場を始めて数年後、一人の青年が訪ねてきました。米作りは限界がある、だから畜産をやりたいと。畜産は何を考えているのかと聞くと豚を考えていると。
 当時、戸河内では3軒の農家が養豚で安定した経営をしていました。そこでまず手作りで小さな豚舎を作り、2-3頭からはじめろとアドバイスをしたのです。
 ところがそんな事では何時になっても豚で飯は食えない。今は資本主義の時代、金がないのなら借金をしても大きくやるべきだと、無責任な発言をする親類がいて、おまけに餌さえ売れればの餌屋が種豚も技術も提供すると申し出たから大変、立派な豚舎が建ち、種豚が30頭入るのに時間がかかりませんでしたね。
 ところが、相手な生き物。1頭1頭が扱いが違う。病気にもなる、怪我もする。回りがああだ、こうだと言っても経験のない者には対応できるわけがありません。思惑どうりに行かなくても、銀行も飼料屋も取り立てには容赦ありません。こんな筈ではなかったと気付いた時は、もう蟻地獄、長年続いた旧家も破産する道しかありませんでした。

 10年余り経って彼が来ました。「見浦さん、わしが間違っていた。貴方が正しかった。」そう言った寂しそうな姿にかける言葉はありませんでした。長い反省の末だとは思いますが、失った人生は2度と帰ってこない。2ヶ月後病で死んだ彼は、まだ40代の初めでした。

 自然の中で生まれ、田舎で育った彼が、その自然から何も学んでいなかった。花屋の店先で咲き競っている花々には生きて行く為の根がない、華やかだけど短い命の仇花だと言う事が理解できなかったのです。
 自分で豚舎を建て、2-3頭から飼いはじめる。そして失敗や体験の中から学んで行く。それは、植物が根を張り、茎を伸ばして、葉を茂らせてからでないと花をつけないのと同じだよと教えたのに、彼にはその意味が理解できなかった。残念でなりません。

 自然の真理は身近にありすぎて、見落としている人が多いと思います。私がそんな基本から話しを始めるようになったのは、この小さな集落の中で、いくつか同様なことが起きてからなのです。
 でも「そんな事は誰でも知っている。馬鹿にするな」何度も叱られましたね。同じ話に真剣に耳を傾けてくれる様になったのは、私が老境に足を踏み入れてから。世の中はままならぬものです。

 今日は見浦牧場の基本の話をしました。この続きはまた次の機会に。

 最後にもう一度。「自然は教師,動物は友,私は考え学ぶことで人間である」

2007/1/10 見浦哲弥

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